2013年12月26日木曜日

電気痙攣療法は人におけるエピソード記憶の再固定化を阻害する

An electroconvulsive therapy procedure impairs reconsolidation of episodic memories in humans. 2013 Nature neuroscience

動物における記憶の再固定化の証拠が蓄積しているにもかかわらず、人においては特にエピソード記憶に関する証拠は限定的だ。被験者内操作を用いて、我々はうつ病患者における記憶の最活性化のあとの電気痙攣療法の適用が時間依存的な情動的エピソードの最活性化を阻害し、最活性化していない記憶では阻害されない事を見いだした。我々の結果は人の情動的エピソード記憶の再固定化の証拠を提供する


ネットでも話題になっていた論文が元同僚のおかげで手に入った。興味深いのでもう少し内容に踏み込んで書き残しておこう

動物実験では盛んに研究されている記憶の再固定化だが、記憶の再固定化現象に3つの原則があると論文にはある
原則1:固定化された記憶は、reminder cueによって再活性化される事
原則2:固定化された記憶を変容させる手続きは再活性化の後に行われるのであり、前ではあり得ない
原則3:再固定化は時間依存的プロセスであり、それゆえに再固定化の発生を容認する時間枠に影響される-通常時間枠は再活性の24時間後であり即時ではない
しかし、この原則は動物研究であれば容易に守れるが人を対象とした研究では原則2と原則3は守られておらず、そのために再固定化という解釈ではなく、二次的な記憶符号化や記憶起源の混乱等の他の解釈を可能にする。
この問題を回避するためにECTを用いて記憶の再固定化を操作しようとするのがこの研究の主目的である。もともとECTは動物などでも健忘症を生じさせる事が分かっている。そのメカニズムはよくわかっていないが、タンパク合成阻害薬と同様の作用があるなら記憶の再活性化の後のECTは時間依存的な記憶障害(要は即時の記憶障害ではなく24時間後に記憶障害をもたらすということか)をもたらすと予測できる。
そこで、ECTを行う事が決まっていたうつ病患者を対象にECTがエピソード記憶の阻害をもたらすかを検討する事にした。
被験者:42名のうつ病患者は、A:記憶の再活性化の直後にECTを受け、記憶のテストを24時間後に行う群;B:記憶の再活性化の直後にECTを受け、記憶のテストをECT直後に行う群;C:記憶の再活性化の後にECTを行わず、記憶のテストを24時間後に行う群の3つに振り分けられた。
学習セッション:被験者は感情的に不快な画像スライドの系列2つを目視した。一つの系列はネガティブなCahill story(内容はよくわからないが、子どもが事故にあって何とからしい)を音声で流しながら目視した。もう一つの系列は情動価や覚醒度、文の長さなどをCahill storyと同等に調整したネガティブなnew storyを音声で流しながら目視した。
再活性化セッション:再固定化を促進するための再活性化手続きを学習セッションの1週間後に行った。再活性化は学習セッションの2つのスライド系列のうち一つにした。被験者は学習したスライド系列の最初の1スライドだけを見た。しかし、そのスライドの部分はチェックボード模様でマスクされていた。被験者は隠されている部分について3つの質問に自由回答した。自由回答できない場合は強制2択によって回答させた。再活性化における回答は点数化されたが、群間に差はなかった
ECT:A、B群ともに再活性化の後に通常のECTをおこなった
DSST:WAISの符号化のように記号に対応した数字を記入する課題を学習セッションの前に行って、群間の認知機能の差を検討した。群間差がありそうなものだが無かった。
複数選択記憶課題:記憶の再固定化のテスト。スライド系列1枚に対して3−5の選択問題を被験者に課した。最初の1枚目は再活性化で用いているので解析から除外している。質問の内容の例は、問“2枚目のスライドに誰がいたか” a母親 b息子 c母親と息子 d母親と息子と他の誰か、と言った感じ。1枚ずつ行うため課題時間は1時間が必要だった。これはひどい。A,C群は再活性化の24時間後に実施し、 BはECTの直後に行った。質問に対する正答数を記憶のスコアとした。
結果:再活性化を行ったスライド系列の複数選択記憶課題における記憶スコアはA群ではECTにより再活性化なしより低下した。B群では再活性化の有無の差はなく、C群では再活性化有りのスライドの記憶スコアが高かった。
ちなみに、A群における再活性化による再固定化の阻害は、情動的なスライドの部分だけでなく非情動的なスライドの部分でも生じた。

細かい部分はともかく概要は分かった。面白い。再固定化の原則に照らせばScillerの論文に穴が有る事も分かった(どれくらい一般化された原則なのかはわからん)。ECT以外の方法で何とか結果を再現できないか。再現できたらすごいのだが。



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